9条連ニュース/109号 巻頭言

平和憲法はどこへ行ってしまったのだろうか
楢崎 弥之助

ボタンの掛け違い

イラク問題に関する日本の対処方針は始めからボタンの掛け違いがあった。

最初に、イラクに大量破壊兵器が発見されていないのに、必ず存在すると米国は強弁し、国連の決議を待たず先制攻撃に踏み切った(現在も大量破壊兵器は発見されていない〉。小泉首相は、日米安保条約を日米軍事同盟と解釈し、間違った米国の先制攻撃をいち早く賛成支持を表明した( 3月18日、20日)。それ以降、小泉内閣は次々とボタンの掛け違いをした。一番最初にボタンを掛け違えれば、それを直さない限り、その最初の誤りはだんだん深みにはまってゆき、最後は取り返しのできない大きな過ちにはまってしまう。イラクでの外交官 2名の死はまさにブッシュ米大統領と彼に盲従した小泉首相による犠牲者としか考えようがない。

小泉首相の言動は、いつの場合でも「状況を見て判断する」の一点ばりの定まり文句しか聞けない。「いつになったら」、「どんな状況になったら、状況を見定めるのか」全く国民には分らない。外交官 2名の犠牲者を出しても、「テロに屈しない」と強弁するだけで、何を考えているのか、国民にはさっぱり分りようがない。国民の苛立ちは頂点に達している。最高責任者としての立場は一体どうなっているのだろうか。平和憲法はどこに行ってしまったのだろうか。こんなことは勿論、憲法上も許されないことだし、純粋に国策としても支持できるものではない。

改憲には身体を張って阻止

これに関する元総理の宮沢喜一氏の論評は、誠に共感を覚える指摘である。「いま外交官の死に象徴される治安の悪さの中で、結果として自衛隊を出さずに終わってもやむをえないのではないか。なぜなら、戦闘の行われてない地域にしか行けないのが憲法の要件ではないのか」、「いかに特措法があっても、結果として派遣が実現しなくても、誰の責任でもない」、「いかに日米同盟があっても、憲法の禁ずることはできないことを米国に、世界に分ってもらう以外にない。たとえ正当防衛で応戦しても、憲法はそういう事態を想定してはいない。日本が特殊な憲法をもち、特殊な第二次大戦の体験をした特殊な国であることを、今、世界に、国連に分ってもらう、いい機会ではないか。この際、アメリカヘの気兼ねはふっきるべきいい機会である」

宮沢元総理は太平洋戦争の経験者であるし、憲法制定や日米安保条約締結にも深くかかわった経験をもたれた生証人の一人である。この宮沢氏の指摘に戦争経験のない小泉首相や、川口外相はどう答えることができるだろうか。

あの太平洋戦争に学徒出陣で特攻となり、奇しくも生き残った私共は「今、何をなすべきか」を真剣に考えさせられているこの頃の毎日である。「解釈改憲」、「なし崩し改憲」には身体を張ってでも阻止しなければならないという決意を、いま亡き戦友のためにも、ここではっきりと誓うものである。

(ならざき やのすけ 元衆議院議員)

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