9条連ニュース/124号 巻頭言

平和への共感
中平 順子

1945年3月10日は、東京大空襲があった日である。東京の下町が火の渦に呑み込まれ、一晩にして10万人もの人間が殺された日である。私の曾祖父母と大伯母たちも戦渦に巻き込まれて亡くなった。

中学生の頃、私は大人たちに「なぜ戦争に反対することをしなかったのか」と聞いたことがあった。すると決まって大人たちは私にこう返事をしたのだった。「そんなことは出来なかった。非国民と言われるようなことは、できない世の中だった」と。

今、私はこの言葉を深くかみ締めつつ、決心を新たにしていることがある。「私が生きている限り、戦争になるようなことがあったらなんとしても止めたい」と。いずれは死ぬのが「人間」という生き物なのに、否応なしに「理不尽な力」によって、生きる権利をもぎ取っていく「戦争」だけは許してはならない。傷つけあい、殺し殺される戦争だけは絶対にしてはならないことを、未来ある若者たちに、心から伝えていきたい。

本当に恐ろしい時代に入ってきたと感じる今、その思いを声に出して言わないと、取り返しのつかない流れを許す事になります。

日本は太平洋戦争中、中国を含めたアジアの各地で、2000万人もの人々を殺してきた加害国であり、そしてこの戦争で300万人もの日本人が犠牲になった被害国でもあります。その悲しい事実の反省から戦後の日本は「平和憲法」を定め、戦争を放棄した条文の言葉に日本人としての心のよりどころを求めてきたのではないでしょうか。

私たちは一体何のために今まで学んできているのでしょうか。人殺しは罪悪と教えられているはずなのに、いつまでたっても戦争はなくなりません。人間の歴史がはじまって以来、人間の傲慢によって戦争は進化し、そして諸悪の根元を生みだし続けています。

人間の知恵は、武器を生み出すためのものでもなければ、人と争うために使われるものではありません。知恵とは、さまざまな言葉や美しい表現をもって人と関わる「愛」を紡いでいくためのものであり、出会った人びとと繋がり、「豊かな幸せ」を生み出すために働かせる…それこそが文化といえるのではないでしょうか。

私にできることは、「夢や希望・ 生きる喜び・文化溢れる」紙芝居を演じ、「平和への共感」を響かせあうことです。そして、「文化とは、命を守り育てること」なのです。

混迷をきたしている現代にこそ、私たちは「平和」に向かって歩み続けたいと思います。

(なかひら よりこ 子ども文化研究家)

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 9条連ブックレット


「新聞報道に見る 沖縄の米軍基地と住民」


「戦争のないもうひとつの世界は可能か」



平和のために−伊藤成彦講演から



「平和を育てよう」
−藤井治夫講演から



「第九条が輝く21世紀を」

 
第9条 【戦争の放棄,軍備及び交戦権の否認】
1、日本国民は,正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し,国権の発動たる戦争と,武力による威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄する。2 、前項の目的を達するため,陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない。国の交戦権は,これを認めない。