9条連ニュース/125号 リレートークNO.13

剣をとるものは剣で滅びる
中山 弘正

今日も自衛隊はイラクに展開している。アメリカの侵略戦争の片棒をかついで。多国籍軍という形で。日本国憲法第九条をわれわれは守りきることができなかった。われわれがそれを許してしまっているのである。

吉田敏浩氏の『ルポ戦争協力の拒否』(岩波新書・二〇〇五年一月)は、「現にアメリカが行っている軍事作戦は、殺人と破壊以外の何物でもない。……日本も戦争の加害者の側に立っていることにほかならない」とし、日本の政・官・財界のイラクを突破口とした軍事大国化をめざす動きが強まって、「戦争のできる国」、「派兵と動員のシステムづくり」「銃後の社会づくり」を、直接焦点にすでに立っている自衛隊員の調査から始めているきわめて明快な立場のルポである。

海外派兵を許したわれわれの問題とともに、アメリカ自身の分析もむろん欠かせない。

「九・一一」を予言していたともいえる前著『アメリカ帝国への報復』(鈴木主税訳、集英社。二〇〇〇年六月)に続いてのチャルマーズ・ジョンソン『アメリカ帝国の悲劇』(村上和久訳、文藝春秋社。二〇〇四年九月)は、特に第二次大戦後、海外に大きく翼を拡げたアメリカ軍国・帝国主義――今や少なくとも国外七二五カ所に軍事基地をもち、交渉・通商・文化交流の国務省のお株を奪う勢いの国防総省、大統領の私兵部隊化を強めるCIA等々――がグローバル化時代の中で如何に「ゆきすぎた帝国主義的拡張政策」を進めつつ、旧ソ連とさえ似た破滅への道を歩んでいるのかを多面的に解明してくれていて鋭いものがある。

私にどうしても見逃せない彼の論点のひとつが、このアメリカ帝国主義が「自由」「民主」等あたかも神に託された使命感のようにして、どこかの地域・国々・民族にも押しつけようとする――無論"武力をもってでも"というわけだ――ことが、じつにウッドロー・ウイルソン大統領(民主党)によってその知的基盤が据えられていた、という点である。

第一次世界大戦・ロシア革命といった激動の時代にむしろ穏やかで平和的といった印象さえ与えているウイルソン大統領は「人道」「民主」の観点からメキシコ革命に干渉もした。そのウイルソンは南軍従軍牧師(チャプレン)の息子で、長老教会の長老、毎日欠かさず聖書に目を通していた(六四頁)、ときけば、現ブッシュ大統領が、ホワイトハウスで聖書研究会や祈祷会をするという図とピッタリと重なってくるであろう。

アメリカの手本にしたがって、自分と同じようにどうやって自由の道を歩むべきかを――必要とあらば武力をもってでも――教えることこそ神の選民の使命である、という「知的基盤」は、従ってもう一世紀も以前から一貫したものであることを本書は明らかにしている。

十字架の受苦も、「剣をとるものは剣で滅びる」という言葉も、この「知的基盤」は踏みつけたのであろう。そして日本のキリスト教会も(アメリカは無論だが)じつはこの「知的基盤」の上に築かれているのではないのか。

(なかやま ひろまさ 明治学院大学教授)

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