9条連ニュース/126号 リレートークNO.14

天動説と地動説
浅井 基文

 私は、多くの日本人の中に巣くう「天動説」的な発想にしばしば強烈な違和感を覚えることがある。もっとくだけた表現を使えば、「自己中」である。要するに、「世の中は常に自分を中心に回っている」と思いこむ傾向が強いのだ。「天動説」的な発想は、どんなときにも姿を現す。中高校生の電車の中での傍若無人な振る舞い。自分の子供さえよければ、ほかのしが子供のことなんて歯牙にもかけない母親たち。こういう個人的な次元の問題は、度が過ぎれば、「道徳心の荒廃」という形で批判の対象になることもある。

ところが、国際関係に関して政治家が「天動説」の言動をするとなると、世間(日本国内)の受け止め方は俄然変わってくる。要するに、この「天動説」の言動によって被害を受けるのは、その対象となる相手国及びその国民であって私たち日本人でないから、同じく「天動説」に染まっている私たちは、政治家の「天動説」の言動を客観的に批判する視点を持ち得ない。

北朝鮮による拉致問題は厳しく批判されるべきだ。しかし、私たち日本人は、第二次世界大戦時には、従軍慰安婦、強制連行と、人権侵害という点では、被拉致者の数を何万倍も上回るとんでもないことをしていることには多くの国民が知らぬ顔を決め込んでいる。そのこと自体「天動説」の何よりもの証左であり、国際的にひんしゅくを買うことになる。

ところが、国民的な「天動説」に悪のりして政治家が、ミサイルを開発し、核開発にも向かおうとしている北朝鮮を脅威呼ばわりし、その脅威に対抗すると称して、日本を「戦争する国」に引っ張ってゆき、さらには改憲まで言い出すとなると、「天動説」はもはや国際的に到底見過ごすことができない、きわめて危険な様相を帯びてくる。

「天動説」に対するのは「地動説」である。「地動説」にたって北朝鮮の行動を見れば、ミサイル開発にしても、核開発にしても、アメリカ及び日本というライオンと虎に襲われる危険に毛を逆立てて必死に威嚇を試みるハリネズミの精一杯のあがきであることが直ちに理解されるはずである。

同じことは、台湾問題を巡る中国と米日の関係についてもいえる。勝手に台湾を日米安保条約の適用対象にし(極東条項)、中国の内政に干渉しながら、中国が精一杯軍事的に身構える動きを示すと、「中国脅威」と決めつけるのは、「天動説」以外の何ものでもない。「地動説」にたてば、圧倒的に軍事的に優位な米日が中国に喧嘩をふっかけ、極めて劣勢な中国が必死に米日の圧力に抵抗しているのが実相であることは、たちどころに分かるはずである。私たちが「天動説」的発想から解放され、「地動説」的発想に切り替わらない限り、日本という国の未来は本当に暗い、と考えるのは私だけだろうか。

(あさい もとふみ 広島平和研究所所長・9条連代表)

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第9条 【戦争の放棄,軍備及び交戦権の否認】
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