9条連ニュース/129号 リレートークNO.17
栗原さんは、爆心地に近い郵便局の地下室で、このようにして一人の少女が誕生したことを聞いて、被爆直後の秋に、この詩をノートに書き留めていた。発表は、1946年3月に市民の力で創刊した『中国文化』原子爆弾特集号。発表とともに、この詩は、被爆者たちに生への励ましを与えて広がった。草も生えない、と言われた原子野での生命の誕生を支えて、原子荒野を乗り越える人々の姿を力強く歌っていたからだ。 こうして被爆直後から短歌・詩によって原子爆弾を告発し続けてきた栗原さんは、70年代にベトナム反戦運動を通して、原子爆弾は日本人がアジア侵略の結果として自ら招いたもので、しかもその日本を再びアジア侵略の基地としている被害と加害の二重性を、「ヒロシマというとき」で鋭く衝いて歌った。 〈ヒロシマ〉というとき 〈ああ ヒロシマ〉と やさしくこたえてくれるだろうか 〈ヒロシマ〉といえば〈パール・ハーバー〉 〈ヒロシマ〉といなんきんぎゃくさつえば〈南京虐殺〉 中略 〈ヒロシマ〉といえば 〈ああヒロシマ〉と やさしくかえってくるためには 捨てた筈の武器を ほんとうに 捨てねばならない 異国の基地を撤去せねばならない 中略 〈ヒロシマ〉といえば 〈ああヒロシマ〉と やさしいこたえがかえって来るためには わたしたちは わたしたちの汚れた手を きよめねばならない 栗原さんはこれ以後、日本人の戦争責任を深く掘り起こしながら、反核・平和への希求を晩年まで倦むことなく歌い続けた。2003年に脳梗塞で病床につかれた栗原さんを見舞った時、私は栗原さんに、これまでに書かれた全詩篇を一冊にまとめることを勧めた。しかしその翌年3月に栗原さんは重体に陥って、ご自分で詩集を編める状態への快復が危ぶまれた。そこで、作者に替わることは出来ないが、詩集刊行を勧めた者として、病床の作者を励ますために、私が詩集の編纂を引き受けた。広島の方々が「栗原貞子全詩篇の刊行をすすめる会」を立ち上げて支援して下さった。詩集完成を前にして、今年三月に作者は92歳で亡くなった。全詩篇を私たちに残して、反こころざし核・平和の志の継続を託すかのように。 (いとうなりひこ・中央大学名誉教授、9条連代表) *『栗原貞子全詩篇』(土曜美術社出版販売刊、定価6300円、A5版、589頁)。 申込み先 (栗原貞子全詩篇の刊行をすすめる会、рO82・291・7615、郵便振替01310‐0‐82621)
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「新聞報道に見る 沖縄の 米軍基地と住民」 「戦争のないもうひとつの 世界は可能か」 平和のために −伊藤成彦講演から 「平和を育てよう」 −藤井治夫講演から 「第九条が輝く21世紀を」
「憲法9条ー護憲か廃憲か」 平和のために軍備と戦争の 構造を学ぶ 「世界を見つめる」
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